ハリーポッターとアズカバンの囚人

●ハリーポッターとアズカバンの囚人

製作:
  • クリス・コロンバス(『ホーム・アローン』)
監督:
  • アルフォンソ・キュアロン(『大いなる遺産』)
出演:
  • ダニエル・ラドクリフ
  • エマ・ワトソン
  • ルパート・グリント
  • ゲイリー・オールドマン(『レオン』)



みんな大きくなったねぇ(しみじみ)。前作の感想時に予想した通り、1作目が小学生なら2作目は中学生、そして本作では見事に高校生の風貌に成長。次作もラドクリフ君は出るようなことを耳にしましたが、このままでは大学生のポッター青年になっちゃいそうで……ホントに大丈夫?

今回、クリス・コロンバスは製作に回り、監督がアルフォンソ・キュアロンに変わったことで見事にカラーが変わりましたね。ダークさアップも成長した面々には丁度良く、ちょっと新鮮に観れました。公開年が1年空いたのも飽きを回避した一因でしょうか。



以下、ネタばれ含むので未見の方はご注意を。

ラスト、時間を遡って事件を未然に防ごうとするのかと思いきや、時間を遡ってした行動は既に決まった時間の流れの一部だったというパターン(『12モンキーズ』系)なのはまあ良しとしましょう。しかし、真実の部分が結局解決しないという不完全燃焼な終わり方には不満不満大不満。

そもそも何故、"彼女"だけ時間を移動できる時計を持っているのか疑問なんですが。優秀だから? どちらかというと落ちこぼれのために使ってやれと思うのは偽善ですか? この辺、エリート選別が現実社会同様にあると見るべきですか?

どうもハリポタの世界って、魔法の世界のくせに現実の嫌な部分がそのまま存在してますよね。前回の権力闘争もそう、今回の怪我をさせた問題の収拾方法もそう。魔法ってもっと自由なものじゃないのかなぁ、なんて思うのは古い人間ですか? まあ、こうした現実の反映がハリポタの本質だと言われればそれまでですけど。

映画としてクライマックスに冒険がありつつも、結局は学校で点数という形で大人に認められるという図式。そういや同様に子供に人気らしい『NARUTO』も忍者学校ベースの話で、卒業後もあくまでも上にフォローしてくれる大人がいる形ですな(中忍試験とか言っていつまでも卒業した感が無いし)。今の子供って大人に縛られたいのかな?



そういえばハーマイオニーの2人への接し方が前作からギクシャクしてますが、どっちか好きなんでしょうか? 解釈によってはどっちとも取れるんですけど。描写が無いだけにイマイチ分かりません。原作ではもう少し描写されてるのかな? まあどっちでもいいや。

さて、次回作はどう変化してくれることか。
とはいえ一番の興味はポッターらの成長具合だったりして。

★★★

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