座頭市

●座頭市

監督/脚本:
  • 北野武
出演:
  • ビートたけし
  • 浅野忠信
  • 大楠道代
  • 夏川結衣
  • ガダルカナル・タカ
  • 橘大五郎
  • 大野由祐子
  • 岸部一徳
  • 石倉三郎
  • 柄本明
  • 樋浦勉
  • 六平直政
  • 芦川誠



盲目の居合いの達人・座頭市。とある町に流れ着いたが、そこはヤクザの銀蔵一家の悪行が蔓延る町だった。同じように町に流れ着いた浪人・服部は妻の薬代を稼ぐため銀蔵一家の用心棒となった。そして、もう1組、親の仇討ちのために旅芸人となった姉弟が流れ着く。姉弟はひょんなことから座頭市と知り合い、仇が銀蔵一家だと知ることとなる。皆の運命は果たして……。


いや~、これは面白くないなんてレベルじゃない。
北野武の底が見えた。

現代劇と違って時代劇は世界観全てを構築しなければならない。一体それをどれだけ考えていたのか?
現代劇の場合、その世界観は当然のように現実に委ねられる。どんな演出をしようがそこだけは絶対に揺るがない。
しかし時代劇の場合は演出が世界観に影響を及ぼす。
いや、演出=世界観といっても過言ではない。

別に時代劇はこうじゃないとアカンなんて言う気はない。
ブッ飛んだ娯楽時代劇だって大好きだし、振り幅は大きくて構いやしない。
それじゃ本作は振り幅としての娯楽作なのか?というと、普段の北野作品と変わらず賞狙いの芸術臭漂う冷めた演出。

普段の現代劇では冷めてようが作品のバックボーンは現実が支えてくれていたから成立していた。
だが、時代劇ではそうはいかない。
冷めた演出は世界をも凍らせてしまっている。



さて、きちんとまとまった形で書こうにも色々あり過ぎるわ。
以下、箇条書きでつらつら書いときます。

早すぎてカメラが追い付けない殺陣なんて言ってるけど、そもそもあんなものは殺陣じゃない。ただ棒っ切れを振り回してるだけ。そりゃ早いさ。

血飛沫は飛ぶけど返り血は浴びない違和感。

百姓の動作をBGMとシンクロさせる演出の無意味さ。それもこれもくだらないタップダンスの祭りを最後にくっつけているから。あれは中盤の盛り上げ用に使うべき代物。最後は叔母の家を建てる大工の作業音がBGMとシンクロする場面で十分。そうすることで演出は統一される。

姉弟が仇討ちの唯一の手がかりである番頭をあっさり殺してしまう考えのなさ。

盲目の人間を探しているからまぶたに目を描いて誤魔化すというギャグは"間"が全然笑えない。叔母の家に入った所でひょこっとその顔をアップにしてこそ。

過去の回想と現在との切り返しが適当すぎ。
雨で姉弟が過去を思い出して回想シーンが入るのは分かるが座頭市が回想する意味はない。
姉弟が踊りを稽古する回想シーンにかぶさるBGMを残したまま現在の稽古に繋いだため、三味線の音とBGMが邪魔しあうハメに(カット自体も切り返しが無駄に多い)。

座頭市がカカシを直したことで銀蔵の手の者とすれ違うくだりはもっと露骨にやった方が面白い。

服部との決着の付け方の淡白さ。
盗賊の頭のドンデン返しはバレバレ。



結論。絶対お薦めしません。
本作はベネチア国際映画祭で監督賞を獲ってましたが、確かに外国人ウケする映画ではありますな。つーか、外国人が作ったような映画。外国人の見る目の無さの露呈。『たそがれ清兵衛』とは真逆の結果。

そういや公開当時、松方弘樹と誰かが同時期にVシネマで時代劇物を発表し、その時の会見で「『座頭市』は時代劇じゃない」とかなんとか発言して、ワイドショー等では軒並み「便乗した話題づくり」だと切り捨てられてましたが、あれは実に正しかったということです。

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