タッチ

●タッチ

監督:
  • 犬童一心(『メゾン・ド・ヒミコ』)
出演:
  • 長澤まさみ
  • 斉藤祥太
  • 斉藤慶太
  • RIKIYA
  • 平塚真介
  • 上原風馬
  • 安藤希
  • 若槻千夏
  • 福士誠治
  • 風吹ジュン
  • 小日向文世
  • 宅間伸



双子の兄弟・上杉達也と上杉和也、隣の家の浅倉南の3人は幼なじみ。幼い頃の約束である好きな南を甲子園に連れていくため和也は野球部のエースとして頑張っていた。そんな和也の気持ちを察して身を引く達也。でも南の気持ちは……。しかし、県大会決勝戦当日、球場に向かう途中、和也は交通事故で亡くなってしまう……。


つまらない。

今回、『ラフ』公開に合わせてテレビ放送されたものを観ました(金出してまで観たいと思えなかったので)。元が116分の作品だから、エンドロール含め正味20分ほどカットされていることになるので、それを踏まえて考えます。

でないと和也の死後、野球部に入った達也に南が「鏡見てみなさいよ!たっちゃんの気まぐれで皆がどれだけ動揺すると思ってるの!」と自分の感情をすりかえて言葉をぶつけていたのに、直後のシーンで喫茶南風店内で達也に優しい視線を送る意味が分かりませんからね(もし、ここにカットが無いなら最悪ですが)。



とりあえず長澤まさみの南はどこの南か分からないほどにただの長澤まさみでした。

斉藤兄弟もどこが達也だか和也だか分からないほどにただの双子でした。

登場人物らは同じ名前、同じシチュエーションのただの人ばかりです。でも、それはそれでありです。「甲子園を目指していた双子の片割れが死んで、残った者がその死を乗り越える」という骨子だけ借りた別の青春映画にしてしまっても問題ありません。それが映画です。

でも、実際は中途半端に原作の影を引きずるような作りに終始していて、生身の登場人物らがシナリオの上を歩かされているようにしか見えません。原作で印象的だった「鉄橋下で号泣する南」の無理な再現には呆れます。

中盤以降でそこかしこに見られる、原作キャラクターの再現ではない、生身の人間としての描写が良かっただけに残念です。

やはり印象は原作のエピソードを羅列しているのみ。
そもそも2時間弱で「三角関係→和也の死→野球を始める達也→新田との決勝戦」を描いた上に人物描写にまで踏み込めるはずがありません。無駄なキャラも多いし(若槻千夏とか安藤希とか)。



『タッチ』を映画化する場合、「和也の死」という最大の事件をどう扱うかがポイント。

1986年の劇場版アニメ『タッチ/背番号のないエース』は、大胆にもTVアニメ版(=原作)とまるで違う展開を用意しました。
それは決勝戦当日、和也の死を隠したまま、達也が和也のフリをしてマウンドに立つという仰天のラストです。
しかし、それは「和也の死」をクライマックスに持ってきたことからの当然の選択とも言え、しかも「双子」というファクターを実に有効的かつ効果的に利用しています。もはや見事としか言い様がありません。

本作が目指すべき場所は原作の実写映像化ではなく、この劇場版アニメに勝つことだったのです。



本作で和也の死まではただの段取りでしかありませんが、それ以降の人物描写には一筋の光を感じられたので、だったら思いきって和也の死から物語を始めてみても面白かったんじゃないでしょうか。

達也の「……和也が死んだ」というモノローグから入って、それが双子の弟で、甲子園を目指していて、という描写を残された者たちの生活に織りまぜながら、2時間をフルに使って達也の成長を描けば、新田との決勝戦をクライマックスに用意できます。

どうでしょう?



あと細かいところをダラダラと。
ユンナがカバーした「タッチ」は挿入歌として使い方が中途半端。南が球場にたどり着くまでを一気に描写して使って欲しかった。南が家を飛び出す流れも不満。頭で考えずに体が反応して、その瞬間に和也の硬球が目の前に転がり「一緒に」の気持ちでそれを握りしめ走り出して欲しかった。そもそも達也が「甲子園に連れていく」の手紙を置いてから決勝戦までの間、南は何してたの? 放送でカットされただけか? 試合終了時の大仰なBGMは白ける。最後、あの告白の言葉を安易に使って欲しくなかった。

人気作品の映画化企画で、それ以上でもそれ以下でもない。
長澤まさみプロモーションドラマ「タッチ」。
それを観たい人はどうぞ。

★★

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