ジャケット

●ジャケット

監督:
  • ジョン・メイブリー(『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』)
出演:
  • エイドリアン・ブロディ(『キング・コング』)
  • キーラ・ナイトレイ(『パイレーツ・オブ・カリビアン』)
  • クリス・クリストファーソン(『ブレイド』)
  • ジェニファー・ジェイソン・リー(『ルームメイト』)
  • ダニエル・クレイグ(『007』6代目ボンド)



1992年、湾岸戦争に参加していた一兵士ジャックは、頭に銃弾を受けて生死の境を彷徨うが奇跡的に助かった。だがジャックは逆行性健忘症となっていた。冬、ジャックは故郷へと帰る道すがら、車の故障で立ち往生している1組の母娘と出会う。アル中の母を横目に、車を修理する中で心を通わせるジャックと少女ジャッキー。認識票を欲しがるジャッキーにジャックはプレゼントをした。

2人と別れた後に事態は一変する。ヒッチハイクした車の運転手が警官を射殺し逃亡。現場に残されたジャックが犯人として逮捕される。記憶が曖昧なため釈明のできないジャックに罪はかぶせられ、心神喪失との診断で精神病院に送られる。そこではベッカー医師による実験まがいの治療が施される。それは拘束依(ジャケット)を着せ、死体安置用の引き出しに閉じ込めるというものだった。

気が付くとジャックは2007年にいた。そこで知ったのは自分が1993年1月1日に死んでいるという事実だった……。


ネタは面白い。終盤までは十分楽しめた。しかし物語の着地点が肩すかしだったので特別な映画になり損ねた。

自分の死を探る話の場合、死に際に過去にタイムスリップする形が定番だが、本作では死ぬのは数日後の未来で、1992年と2007年を幾度となく行き来するのが面白い。15年後の未来から過去に起こった事実を探るもどかしさと、92年の世界で関係者の動向を探るもどかしさ。

この15年後というのがドラマの鍵でもある。
そして認識票。

認識票は、ジャックが「自分が誰か忘れたときのために」とジャッキーに語りながらそれをジャッキーにプレゼントしてしまうのは、運命というよりも、ジャックが自分が何者であるかを必要としていなかった現れでしかないと私は思う。それが後に運命を切り開くきっかけとなることが皮肉であるかのように。それを運命というのかもしれないけど。

(どうにもパンフの精神科医の寄稿文で「自分自身を彼女に捧げる隠喩」と分析してるのが気になったので触れてみた)



映画前半で散りばめた様々な伏線が終盤で収束するのかと思いきや、話が母娘に流れてしまい、締まりがなかった。92年の世界での母とのやりとりで感動させる予定なのだろうが、そう思わせるだけの文面が用意されていなければ感動などできやしない。感動する気もないが。

この映画をジャックとジャッキーの物語とするのなら、ジャックがジャッキーを思い行動したことは分かるが、ならば前半に不用意なサスペンス要素を入れる必要はない。



最期の「あと何時間あるの?」の台詞は確かに意味深。ただ単に観客の理解を促進させるためか。和訳が合っているのかも気になる。まあ、深読みも結構だが「ヒッチハイクした相手に(もう1度)興味を抱いたことを表した言葉」ぐらいでいいと思う。それによりジャックの現状と不幸にもリンクしてしまった"悲しさ"を感じられるから。

もしくは最期はジャックの見た夢なのかもしれない。

もしくはジャックもまた変わっただけなのかもしれない。

ありきたりだが自分で解釈すればいい。

もう1歩、サスペンスかドラマか、軸足をしっかりすれば秀作になった作品。でも観て損はない。是非。



【追記】
ネタバレになるので触れなかった部分でどうしてもひとつ。
世界が変わる前のジャッキーの切なさが胸に迫る。その人生。そこにいないたった1人のぬくもりを愛おしく抱きしめる姿。しかし最期、その彼女はもういない。それは幸せなのだろうか。だがジャックが選んだのは求めていた答えではなくその笑顔。私たちは悲しまずに共に喜んでやろう。きっと魂の思い出がそこにあるのだから。

★★★

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