ソウ(SAW)

●ソウ(SAW)

監督/原案:
  • ジェームズ・ワン
脚本/原案/出演:
  • リー・ワネル
出演:
  • ケアリー・エルウェズ(『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』)
  • ダニー・グローバー(『リーサル・ウェポン』)
  • モニカ・ポッター(『スパイダー』)



気が付くと老朽化した建物の一室に2人はいた。部屋の対角線上に配置され、その足には鎖が。そして部屋の真ん中には一体の死体。死体の傍らにはテープレコーダーと拳銃。2人は各々のポケットに封筒が入っていることに気付く。アダムの封筒には「聞け」と書かれた1本のテープ。ゴードンの封筒にも1本のテープ、そして、鍵がひとつと1発の銃弾が入っていた……。


うむむむ、どうにも稚拙なテクニックに走って切り込み方が甘いって感じ。

まず、囚われの1人=アダムの演技が安いなぁというのが第一印象。次が、画面に締まりが無いなぁという印象。気になったので映画鑑賞後に即パンフを読み読み……なるほど、本作は監督とアダム役の2人が映画会社に持ち込んだ企画か。2人は「アーティーな映画学校に通っていた」とのことで納得。これはその手の学生映画の自己完結性だわ。



冒頭、アダムとゴードンの2人が閉じ込められた一室の映像は手持ちカメラの揺れる映像ですが、ここからして失敗と言わざるをえない。ライブ感=手持ちカメラ映像という錯誤。まずは安定した映像で緊迫感を高めて、観ているこっちの胃をキリキリさせてくれなきゃ駄目でしょ。そもそもライブカメラ映像とは、その場に"カメラマン"という第三者を感じさせてしまうんですから。

その後、密室の圧迫感で観ている人間の精神をも追い込んでくれるかと思いきや、ゴードンの回想という形で部屋の外のエピソードが繰り広げられてガッカリ。しかも、ゴードンの回想なのにゴードンが又聞きしたであろう他の事件現場の映像も並列に扱われる始末。それはもはや回想じゃないでしょ。

だったら、謎の一室で顔を見合わせたアダムとゴードンの2人を描写した後は「○週間前」とかいって、すっぱりと時間を遡ってしまえばいいのに。様々なことがあった先にあの部屋に帰結し直せば、室内の緊迫感は持続するんですから。

ゴードンの妻娘が事件に巻き込まれる姿も画面に出さずにゴードンの手にある携帯電話から聞こえる声だけの方が良かった。刑事のエピソードと共に視点がアッチコッチに行ってしまい全体が散漫。また、一部カット(椅子の回り込みやカーチェイス等)をコマ落としでチャカチャカ動かすところが目障り。上記した「稚拙なテクニック」の最たる部分ですな。



まあ観ればバレバレのこととして最後に現れる真犯人がいるわけですが、かなりの無理があります。「エンディングを数種類撮るハリウッドの中にあって我々は別のエンディングを撮る必要がなかった」と監督自身は誇らしげに謳ってますが、そんな問題じゃないだろってば。逆に別のエンディングを撮ってくれてた方が良かったわ。

期待外れ。
観るなら視聴レベルを浅くして臨んで下さい。

★★

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